遺言作成のすゝめ

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遺言書のすゝめ



当職は、遺言書作成・相続手続のサポートを専門業務にしています。

私が、遺言書に力を入れている理由は、行政書士・司法書士・土地家屋調査士の合同事務所で補助者をしていたときも、自らが開業してからも、遺言書を残していないがために、不幸な相続争いが起こったり、手続が難しいものになっているのを幾度となく見ているからです。なかなか進まない手続の中、依頼者の方と、「遺言書があれば、こんなことにはならなくて済んだのに・・・」とため息をつくこともしばしばでした。
近年、書店などで「遺言書キット」なるものを見かけるようになり、遺言書に興味を持っている方が増えていると聞きますが、遺言書を作成する人はまだまだ少ないというのが現状だと思います。遺言書が「ある」「ない」の大きな違いの意味を思い知っている私は、お会いした方に、「遺言書を書きませんか?」とお勧めします。すると、

「財産なんてないから書かなくてもいいよ」
「うちの家族は仲がいいから争いにはならないよ」
「子供達にどういうふうに財産を分けるかちゃんと言ってあるから大丈夫」
「私が死んだら相続人は1人だから大丈夫」
「法律で決まっている相続分で相続させれば良い」
「まだ死ぬような歳じゃないからそのうちに・・・」
「遺言書なんて縁起でもない。不吉なこと言うな!」

などなど、皆さん遺言書に関して、「誤解」している方が多いのに驚かされ、同時に遺言書の有用性が一般に認識されていないのが残念でなりません。
以下、その誤解を解くために記述しています。

財産がないから遺言書は不要

相続財産が多かろうが少なかろうが、人が亡くなれば相続は開始します。多ければ争いになり、少なければ争いにならないと思っている方がいるとしたらそれは大きな誤解です。相続人の間で争いになるかどうかは、遺産分割協議で相続人全員が合意できるかどうかで決まるわけですが、相続人同士で主張がぶつかれば、財産の多い少ないに関係なく遺産分割協議は成立せず、裁判所で「調停」「審判」ついには「訴訟」ということにもなり得ます。
相続財産が多ければ、全相続財産全体のに占める割合が低くても、「まあ、いいか・・」と思えることもあるでしょうが、多くない相続財産について争う場合は、譲ってしまったらほとんど何ももらえないということもあるのです。そうなると、むしろ財産が少ない方が熾烈な相続財産の奪い合いに発展するのは想像するに難くありません。相続財産が多い少なに関係なく、相続時には争いのきっかけが潜んでいるということがお分かりいただけたでしょうか?

相続人間の仲が良い

もともと仲があまり良くない相続人の間で遺産分割協議をしなければならないというのであれば、当然、遺言書を作成しておいたほうがいいのはいうまでもありません。ですが、私が今までに見たり聞いたりした話では、必ずしも仲が悪い相続人の間だけで争いが起こっているわけではありません。仲が良ければ円満に遺産分割協議を成立させることができる可能性は高いですが、何気ない一言から思いもよらない方向へ事態が進んでいってしまうことも少なくないのです。仲が良かったのに、相続をきっかけに、顔も見たくないというようなことが起こってしまうのが相続です。
遺言書があればこのような遺産相続争いが一切起こらないというつもりはありません。ですが、たとえ不満に思う相続人がいたとしても、「財産を残した遺言者自身がそういうのであれば・・・」と思うしかないというのもありますし、相続人間の争いが起こるに任せるのではなく、亡くなった方が最終意思として遺言書を作成して事前に自らの手で積極的に遺産分割に関わっているほうが、残された相続人も納得しやすいのではないでしょうか。

遺産の分け方について、既に相続人に伝えてある

「自分が死んだら、全財産は長男の○○が相続しなさい。」
生前にそういう話をされる方は、結構いらっしゃると思います。ですが、そのような意思を持っていたことが間違いないと相続人たちが知っていたとしても、遺言書を残しておかないとそれが実現しない場合もあります。

遺言書を残さず亡くなった場合は、亡くなった方の意思は明確であっても、遺産分割協議をして全財産を長男が相続するという内容の遺産分割協議を作成し、これに相続人全員が実印で押印(印鑑証明書が必要)しなければなりません。
もし、相続人の中の誰か一人が、「確かに父親はそういっていたけど、法律上自分にも相続権はあるんだよね?少しは分けて欲しい。分けてくれないなら印鑑は押さないよ。」と言ったその瞬間手続はストップしてしまいます。また、そういわれた他の相続人は、父親がこうしたいと言っていたのになんでそんなこというんだ!と思い、相続人間の関係は悪化するかもしれません。

親が生きているうちは、何も異議を唱えていなかったとしても、いざ父親が亡くなってみると、押さえがなくなり本音が出てきて、「不公平なんじゃないか?」と上記のような発言に至ってしまうというのは珍しいケースではありません。ご自身の死後、財産の分割方法について、なにかしらの希望を持っているのなら遺言書を作成しましょう。
口頭で言っただけの「遺言のようなもの」は「遺言書」を作成しないなら言わないほうがいいくらいだと私は思っています。

相続人は1人だから大丈夫

相続人が一人であれば、亡くなった方の全部の権利義務は包括的にその一人の相続人に承継され、遺産分割協議の必要もなく争いが起こることはありえません。そういう意味では、「相続人は一人だから大丈夫」は間違いではありません。しかし、「相続人の範囲」について、皆さんどのくらい正確に把握されているでしょうか?
相続人は一人だと思っていたら、他にも相続人となる人がいたというケースがあります。誤解される例をあげてみましょう。

夫婦間に子供がいない場合

夫婦間に子供がいる場合、夫婦の一方が亡くなれば、その配偶者と子が相続人になります。では子供がいない場合はどうでしょうか?下記の関係図で、Aが亡くなった場合、配偶者Bだけが相続人になると誤解していないでしょうか?

関係図

ABの間に子供がいない場合、亡くなった方(被相続人)の両親がいるか、兄弟がいるかが重要になってきます。被相続人の親が存命なら「親」と「配偶者」が共同相続人になります。また、親が既に死亡している場合で、兄弟がいる場合はその「兄弟姉妹」と「配偶者」が共同相続人となります。
夫婦二人で生活し、親とも別々に住んでいれば、相続するのは配偶者のみと誤解しても不思議ではありませんし、ましてや兄弟に財産が承継されるというのはピンと来ない方がいても無理はありません。法律で定められているといえども、長年夫婦で築いた財産をなんで義理の親や義理の兄弟に・・・ということになるのです。
夫が亡くなって、妻が残され、夫の両親あるいは兄弟姉妹と遺産分割協議をする・・・関係が良好でスムーズに遺産分割協議が進めば良いですが、「嫁」と「姑・舅・小姑」の関係です。残された配偶者が大変な思いをしないようにしておくには遺言書を作成しておくしかありません。子供がいない方は、相続人が誰になるのか、誤解のないように相続人の範囲を把握しておきましょう。

内縁の夫、妻がいる場合

内縁の夫、妻は、事実上は夫婦と同然の関係でも、相続に関しては他人と変わりません。たとえ、30年、40年と連れ添ったとしても、相続権は内縁夫婦間には無いのです。ただし、内縁の夫と妻は「特別縁故者」として、残された財産を承継することはあります。ある人が亡くなって誰も相続人がいない場合、残された財産は国庫に帰属することになりますが、特別な縁故がある者がいるときには、その者に財産を承継させるというのが「特別縁故者の財産の承継」です。
「ならいいじゃないか!」と思われるかもしれませんが、相続人は被相続人が死亡すれば手続きを踏めば財産の承継ができますが、特別縁故者による承継の場合は、本当に相続人がいないかどうかを探す手続きの期間が数ヶ月必要になります。内縁の妻が内縁の夫に扶養されていたような場合、数ヶ月の間、内縁の夫名義の預金を引き出せないというのは切実な問題になります。
また、注意が必要なのは、「特別縁故者」が問題になるのは相続権を有する者がいない場合であるということです。
内縁の妻に相続させたいと思っていた内縁の夫が、遺言書を残さず亡くなった場合、相続権を有する者がいる場合(例えば、籍だけ入っている妻、子、親、兄弟姉妹がいるような場合)たとえ疎遠であってもそちらが相続人となり、内縁の妻には何も承継されないということになります。内縁の夫婦間で、確実に財産の承継をするには入籍するか、「遺言書」によるしかありません。

法律で決まっている相続分で相続させれば良い

民法には、「法定相続分」といわれる割合が定められており、遺言書がない場合で、遺産分割協議をしなければ、この割合によって相続することになります。夫が亡くなって、妻と子2人(長男・次男)が共同相続人の場合を例にとると、法定相続分でいえば、妻が2分の1、子がそれぞれ4分の1となります。
ただ、この法定相続分は、割合であって、具体的な分割方法は何も指示していません。現金など分けられるものならよいのですが、被相続人の自宅、その敷地など、相続財産のほとんどが不動産というようなケースでは、不動産の権利を法定相続分で共有することになり「法定相続分をもらう」というのは容易なことではなくなってしまうのです。

上記の例(夫婦に子供2人の場合)で、例えば、被相続人の妻とその長男がその自宅に住み、次男は独立して遠方に住んでいるとします。相続財産である不動産を法定相続分の割合で共有することはできますが、次男が、不動産の持分をもらっても、その家に住むわけではありません。また、持分は処分して換価することができないわけではありませんが、他の相続人は、家族以外の第三者と財産共有することを望まないでしょうし、買う方も持分を買っても利用のしようがない場合がほとんどですから、かなりの賃貸料が得られるビルのような不動産でもないかぎり、現実には持分の処分は難しいことが多いのです。被相続人の妻が土地、長男が建物、次男が現金という分割で、3人の取得する財産が法定相続分の割合の価格にぴったりだったとしても(まずありえませんが・・・)、このような分割をしたければ、法定相続分に照らし価格的に不公平がなくとも遺産分割協議が必要になります。法定相続分は、あくまで割合であって、具体的な遺産分けには何の役にも立たないのです。
このような事情を考えれば、被相続人(夫)は、妻か長男に不動産を相続させる旨の遺言書を残して不動産の分割方法を指定しておくのがよいです。

まだ若いから遺言書は必要ない

遺言書は何歳から作成することができるかご存知でしょうか?
満15歳に達していれば単独で作成可能です。もちろん、15歳から遺言書を作成する必要があるかどうかはそれぞれの事情により異なりますが、ある程度の年齢になり、プラス財産(マイホーム等)あるいはマイナス財産(借り入れ金、住宅ローン等)があれば作成しておくほうがよいといえます。
いくら元気で頑強な人でも、突然、事故や病気で亡くなることもあれば、災害に巻き込まれることもあります。いつまで生きられるという保障は誰にもありません。遺言書を作成したことがない方は、まずは、最初の遺言書を作成して、現在の自分の「状況」と「意思」を確認してみましょう。
既に作成しているという方でも、特に、ずいぶん前に作成したというような場合は、過去と今とでは状況と遺言内容が合わなくなっていたり、自身の気持ちも変わっているかもしれません。常に現在の自分の意思を反映させておくのが望ましいですが、毎日遺言書を作成するわけにもいきませんので、数年に1度、あるいは人生の節目(結婚、出産、定年退職など)または、大晦日や正月、誕生日などと日を決めて遺言書を見直すことをお勧めします。
もし、以前と気持ちや状況が変わっていれば遺言はいつでも撤回したり変更することができます。まずは最初の遺言書を作成することが大事だと思います。

また、若いからこそ、遺言書を作成しておくほうが良いともいえます。その理由は、

  • 高齢になってから、いざ遺言書を作成しようと思っても、体力・精神の衰えで思うようにいかない
  • 一度で自分が納得する完全な遺言書を作成できるとは限らない
  • 高齢になってから作成された自筆証書遺言などはかえって紛争の種となることがある

「自筆証書遺言」を作成する場合は、読んで字のごとく遺言者の「自筆」でなければなりません。ワープロや代筆では無効になってしまいますので、相当量の文字を書く気力・体力が必要になります。「公正証書遺言」は、公証人が作成してくれますが、内容を自分で決める必要があるのは自筆証書遺言と同じです。また、公証役場に出向いたり、(公証人に希望するところへ出張してもらうこともできますが費用が余計にかかります。)証人を手配したりと、自筆証書遺言よりなにかと事務手続きは多いです。なによりも、自筆証書、公正証書等の方式を問わず、遺言内容を考えるのは時間と労力がかかるものです。気力・体力が充実しているうちに作成しておきましょう。
「自分の納得する完全な遺言書」についてですが、よく考えて作成した遺言書でも、あとで「やっぱりこうしたほうがいいかな?」と思うこともあります。事情が変われば、遺言内容もそれにあわせて変えていく必要があります。
どうせ何回も書き直すことになるんだったら・・・といって高齢になるまで作成しないといざというときには上のような問題が生じて、考えるのも億劫になってしまいます。元気なうちによく考えて遺言書を作成しておけば、高齢になってから修正するのは、なにもないところから遺言書を作り上げるほどの労力を要しません。
まずは遺言書を作成してみて、必要に応じて修正を繰り返し、理想の遺言書を作り上げるのが理想です。
「高齢になってからの遺言が紛争の種になる」については、高齢になってから作成された遺言書(特に自筆証書遺言)は、遺言者の意思能力が問題になることがあります。遺言内容に不満のある相続人が、

「認知症の症状が出ていた親に、同居の親族が自分の都合良いように書かせたのではないか?」

などと言い始め、遺言は無効だと訴えを起こすようなことになると、せっかくの遺言書が紛争を防止するどころかかえって悲惨な争いを引き起こしてしまいます。若いうちに遺言書作成に着手しておくべき理由がお分かりいただけたでしょうか。

遺言書なんて縁起でもない。不吉だ

遺言書と聞くと、「縁起でもない」とか「不吉だ」とか、ついには「死ねばいいと思ってんの?」ととんでもない勘違いをされることも・・・
ここで述べているのは「遺言書」であって、「遺書」ではありません。「遺書」は「先立つ不幸を御許しください・・・」などと書くものですが、「遺言書」は死を決意して書く手紙ではありません。一字違いですが、大きな違いです。
効力が発生するのが自分の死後であるため、なんとなくいい気がしないのでしょうか?
遺言書は、自分にもしものことがあったときに備えるもので、「自分の死後の財産管理の方法」です。一家の大黒柱である方が、もし自分が亡くなったとき、配偶者や子供が困らないようにと貯蓄したり、保険に入ったり、賃料収入を得られる不動産を買ったりといろんな手立てを講じます。最近では、葬儀の事前相談も盛んに行われています。遺言書を作成することも、それらと同じようなことだといえないでしょうか?遺言書を含め、これらはすべて自分が亡くなったあとに相続人に面倒、苦労をかけないという「思いやり」という点では共通しています。遺言書を作成することは、縁起が悪くも、不吉なものでも決してありません。欧米人のすることがすべて正しいというわけではありませんが、欧米では、遺言書を作成することは当然のこととして行われているそうです。




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